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小説・勉強会(66)最善観④ 

「ぼ、ぼくが敗北主義だとしたら、山木さんは何なんですか?」
「僕は修行中の身だし、主義を主張できるような身分じゃないけど、最近の気分を言うとさ、大船に乗っているような気持が大事だと思うんだよ。いつもイライラしているのと反対で、いつもゆったりと幸せな気分で、すべきと感じた事をすれば良い。できる範囲でさ。『塞翁が馬』なんだから、所詮、損得は人間には計算できない。良いことをしていれば結果も良いはずと信じて、結果は一切気にせず、行動あるのみ!経路はいろいろあるにせよ、それを楽しんでね。名付けて、大船主義」
「へー。随分、単純なんですね」
「シンプルが一番!」
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「大船主義」と定義

こんにちは。内輪の話になって申し訳ないのですけれども、この1回だけコメントを許して下さい。

昨日の20時過ぎ、「二千年たってもいい話(斎藤一人著)」という本がネット通販から届いたので、寝る前にふと眺めたところ、面白くってそのまま終りまで読みました。そしてそこに、「心が傷つく」、「行動しなきゃダメだよ」、「偶然なんかない」という記述を見つけてとても驚いたのです。

それから遡ること数時間前、昼食を食べたのち、斎藤一人さんの「つやこ49」という動画をダウンロードして聞きながら、うとうと少し午睡していました。その中には、「朝食抜き1日2食の勧め」、「癌の発症原因」、「20分歩行の勧め」、「因果の話」などが含まれています。

“夏休みの宿題”として読んだ内海聡さんの「この世界の秘密」で説明された優生学、内田樹先生の「街場の文体論」で触れられたエクリチュールやアナグラムなど…。勘違いをしていることもあるでしょうけれども、これらが私の中で渾然一体として、つながりを持ってきています。

そして、「いやしくもわが身の上に起こる事柄は、そのすべてが、この私にとって絶対必然であると共に、またこの私にとっては、最善なはずだというわけです」という修身教授録(森信三著)の記述までも。


以前山岸さんのブロクに、「最善観は漠然とわかるものの、私自身の血肉にはなっていない」とコメントさせていただきました。その感覚は今でも変わっていません。

何の罪もない赤ちゃんがただ苦しんだのち亡くなったり、とりさんがコメントされた―口を差し挟んで申し訳ありませんけど―女子高生が亡くなってコンクリート詰めにされたり、といった出来事に対する理不尽感・不条理感が消化できているわけでもないのです。

さらに荒野でのキリストの言葉3つ…「人はパンだけで生きるのではない」、「神を試してはならない」、「カエサルのものはカエサルの下に、神のものは神の下に」―あのあと調べました―の意味もさっぱり分かっていません。


しかしそれはそれとして、最善観=optimism(オプティミズム、楽天主義)≡大船主義という等式によって、私の中で最善観を“定義”してみようと思います。

どうもありがとう。

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